弁護士た担当した事件の紹介

麻酔医過労自殺勝訴判決

大阪地裁H19年5月28日

1.事案の概要

被災者は、被告病院の麻酔医として勤務していたが、毎月週40時間を超える時間外休日労働が100時間前後の長時間労働に従事(ただし、後述するとおり、被災者が病気で入院などした時期を除く)するとともに、24時間オンコール(被災者は被告病院からの呼び出しに備えて被告病院に1時間以内のところに常に待機するとともに、被告病院からの呼び出しがあれば、24時間365日何時でも被告病院に駆けつけなければならなかった。)で対応しなければならなかった。
 さらに、被災者の麻酔医の業務は患者の生命身体に重大な結果を及ぼすことから、精神的緊張を強いられるものであった。このような量的にも質的にも過重な業務によって、被災者はうつ病等を発症したが、うつ病発症後も、被告病院の具体的な対処がないまま過重業務に従事し続け、被災者は自殺に至った。

2.争点

本事案の主な争点は①労働時間の算定方法と実際の労働時間②うつ病発症の原因③過重業務の有無について誰を基準とするのか④安全配慮義務違反⑤過失相殺の有無等であった。 

3.本判決の概要

①について、本判決は、使用者である被告病院がタイムカード等で時間管理をしていなかったため、原則として被災者が使用していたパソコンの起動時間を基準に労働時間を算定し、本件自殺前直前4ヶ月は100時間を優に超える時間外労働を認定した。しかし、本判決は被災者の労働時間について「相当長時間に及んでいるが、上記の労働時間は必ずしも実動労時間を示しているものではない」として、「労働時間の長さのみをもって直ちに被告病院における業務が過重なものであったということは困難である」と判断した。
②については、被災者が既往症に罹患していたことが「うつ病発症にかなり影響していたと考えられる」として既往症がうつ病発症に寄与したことを認定し、「被告病院における業務のみによってうつ病に罹患したと認めることはできない」として、過重業務が唯一の原因でうつ病に罹患したとまでは認めなかった。
③については、既往症の再発以後の被災者の病状、うつ病発症後の被災者の症状を具体的に認定したうえ、被災者の症状は、「業務に著しく支障を来す程度に悪化していた」と判断した。さらに、被災者の当時のうつ病の症状を前提に、拘束時間が長時間であること、麻酔医の業務が人の生命・身体に重大な結果をもたらすおそれがあり精神的な緊張を強いられること、緊急手術などのために呼び出しを受けるため心理的に業務から完全には解放されない等といった業務の負担が相当過重で、「通常の心理状態でない被災者」にとって、上記業務は「明らかに過重」であると判断した。
④については、被告病院における被災者の業務は、労働時間の質量とも決して軽いものではないこと、被災者の上司が被災者のうつ病の症状が悪化していると認識し、被告病院における業務を継続させることは困難であると考えていたこと等からすれば、「被告病院としては、休職を命じるか、あるいは業務負担の大幅な軽減を図るなどの措置を執り、十分な休養をとらせるべき注意義務を負っていた」と判断した。特に、被災者が自殺を示唆するメモを残し失踪した後は被災者が自殺する危険が顕在化し切迫した状況にあったから、より一層被災者の健康状態、精神状態を配慮し、十分な休養をとらせて精神状態が安定するのを待ってから通常の業務に従事させるべき注意義務があったと判断した。にもかかわらず、被告病院は具体的な措置を講ずることなく、当直勤務を含めて通常どおりの業務に従事させたのであるから、本判決は被告病院が被災者に対する安全配慮義務を怠ったと結論づけた。
⑤については後述する。

4.本判決の特色

(1)健康状態の悪化した労働者基準(使用者認識事例)

健康状態が悪化した労働者(麻酔医)を基準に過重性の有無を判断している。本判決が認定した事実によれば、過重労働によってうつ病に罹患し、その結果、自殺したとまでの判断ではなく、業務+既往症などが複合的に作用した結果、うつ病に罹患し、その症状が悪化していったのに、被告病院が適切な処置対応をすることなく放置した結果、自殺に至ったものである。 本判決の事実認定を前提に、被告病院における被災者の業務は、かかる状態の労働者(通常の心理状態ではない被災者)にとっては「過重業務」であり、業務と自殺との間に因果関係を肯定した。本判決が認定した同僚の麻酔医による若干の軽減措置などを考慮しても、被災者の状態からすれば、「過重業務」であるとの判断をした。 被告病院は、うつ病の認識はもちろん、他の病気での入院(勤務先での入院)していること、被災者のうつ病の悪化について、いずれも十分認識していた。したがって、被告病院の損害発生(うつ病による自殺の結果)の予見可能性について争いのない事案であった。

(2)逸失利益

逸失利益の算定の基礎として実収入ではなく医師の全労働者平均賃金年収を基準とした点は妥当である。被災者の場合、若年で通常より低賃金であったうえ、将来収入が増えることが当然といえる事案であったからである。しかし、本判決が、既往症とうつ病罹患していた事実から休養をとりながら医師業務を行わざる得ないとしてそのうちの70パーセントしか認めなかった。

(3)過失相殺(3割)

既往症とうつ病との関係と上司からの受診のすすめを無視した点を考慮して3割の過失相殺がなされている。

5.本判決の意義

「過重業務」の判断基準を医師一般や同僚医師ではなく、被災者本人を基準としている点は、妥当な内容である。労働安全衛生法65条の3は、作業の内容等を特に限定することなく、同法所定の事業者は労働者の従事する作業を適切に管理するように努めるべき定めており、使用者において、多様な身体条件・精神状態、個性を有する労働者が存在することを当然の前提として、労働者の健康状態を把握し、当該労働者に健康状態等に適した業務量・業務内容・労働環境を設定することが使用者の責務である。したがって、本件のように健康が悪化していて使用者がそれを認識し又は認識し得た場合には、労働者の健康状態に見合った業務に従事させることが義務づけられている。かかる場合、本判決のように過重性を測る物差しとして、健康体の労働者ではなく、当該労働者の状態を基準とするのはむしろ当然である。

6.参考判例

本判決は、過労自殺事件であったが、過重業務によって脳心臓疾患を発症し死亡に至るといういわゆる過労死事件について、大阪地裁H19.3.30判決(最高裁判所のホームページで閲覧可能)は、麻酔医の事案において、時間外勤務月88時間(但し、月3~7回の宿直分含まず)を認定し、業務と発症との因果関係や被告病院の安全配慮義務違反を肯定している。 医師の過労死の著名な事件としては関西医大研修医(過労死損害賠償)事件(大阪高裁判決、労働判例879号30頁)がある。

7.客観的証拠の確保と協力者の重要性(勝因)

これほどまでに悪性立証がなされた事件も珍しいが、圧倒的な客観的証拠と客観的状況かつ、断片的ではあるが協力者・証人を確保でき、被告病院の悪性立証をはねのけることができた。 今後としては、損害賠償を先行させた事案であったので、労災でも業務上決定を獲得を目指す予定である。 弁護団は松丸弁護士と波多野 進。

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