弁護士た担当した事件の紹介

第1次・第2次昭和観光事件

大阪地裁平成18年10月6日判決(労働判例930号43頁)(確定・第1次昭和観光事件)の意義と第2次昭和観光事件(役員責任追及・旧商法266条の3等)の件 (平成21年1月15日大阪地裁判決・確定・労働判例979号)

はじめに

労災ではなく時間外割増賃金の事案であるが、労災事案や時間算定の方法、給付基礎日額の議論にも関係するとともに時間外労働の事前承認の解釈、取締役及び監査役の未払残業代についての責任は中小零細企業の場合には有用であり、この点についてははじめての先例と思われる。

第1 第1次昭和観光事件

1.タイムカードを基本に労働時間を認定したこと

業務の開始時刻について、被告から20分から30分程度前に指示されていた事実、実際に業務を行っていた事実を認定し正規の勤務時間から労働時間を算定するのではなく、実際に出勤した時刻(タイムレコーダー)を基準とした。 また、原告によって多少の差異はあるものの、終了時刻についても概ねタイムレコーダーを基準に認定している。

2.休憩時間の不存在と手待時間性について

労働実態として、休憩時間や仮眠時間が存在しない業務であることを認定し、休憩時間があると認定した原告についても、せいぜい食事時間の15分程度でそれ以外は常に業務に対応しなければならない「手待時間」であり労働時間性を肯定している。 同種の裁判例として「午後10時頃から午後12時頃までの間に客がいない時などを見計らって適宜休憩してよい」との約定があった事案で、「労基法34条所定の休憩時間とは、労働から離れることを保障されている時間をいうものであるところ、原告らと被告との間の雇用契約における右休憩時間の約定は、客が途切れた時などに適宜休憩してよいというものにすぎず、現に客が来店した際には即時その業務に従事しなければならなかったことからすると、完全に労働から離れることを保障する旨の休憩時間について約定したものということができず、単に手持時間ともいうべき時間があることを休憩時間との名のもとに合意したにすぎない」と判示した大阪地判昭和56年8月20日(労働経済判例速報1091号3頁以下)や警報などに対応することが義務づけられていた事実関係のもと、実作業に従事していない仮眠時間、すなわち、不活動仮眠時間を労基法上の労働時間に該当すると判断し、結果的に仮眠中に警報などに対応しなかった時間も労基法上の労働時間であると明確に判断した最高裁大星ビル管理事件(平成14年2月28日判決、労働判例822号5頁)等がある。

3.時間外労働についての事前の承認の必要性の解釈

就業規則に時間外労働の事前承認が規定されていていて、被告が事前承認のない時間外労働とは認められないとの主張に対して、判決は認定事実に鑑みれば、業務命令に基づいて時間外労働を行っていたことを認定した。 また、被告就業規則の規定は不当な時間外手当の支払いを防ぐための工夫に過ぎず、事前承認がないからといって時間外手当請求権を失うことを意味する規定ではないとした。

4.職務手当の性質

被告は職務手当として3万円を支払っており、時間外手当の対価としての性格を有するので、これを超えない限り時間外手当は発生しないと主張した。 しかし、判決は①業務内容や勤務時間が異なるのに一律に支給していること②職務手当を超えなくても時間外手当てが支給されていたこと、③被告の根拠となる給与規定が周知されていなかったことを根拠に時間外手当の性質を有するとの主張を排斥した。

5.慰謝料請求の認容

被告が在職中に未払残業代を請求した原告に対し、直接「えらいことやってくれたな」「会社をやめてからするもんやろう」「まだおんのか。」等とののしった言葉及びそばにいた職制(支配人)に対し、「あんなやつら、早く辞めてもらったらどうや」等の言葉が原告に聞こえた事実等を認定して、10万円の慰謝料の支払いを命じた。 原告らの正当な権利行使に対し、使用者である被告が直接であろうが間接であろうがかかる言動(退職前の1日の出来事のみで)によって原告らを傷つけることは慰謝料の対象になることを認めた意義は高い。 職場における使用者による継続的な嫌がらせの場合には更なる高額の慰謝料が肯定されることとなろう。

6.付加金

付加金についても,原告らの請求どおりの金額の支払いを命じた。なお、付加金の額が未払賃金の半額となっているのは,そもそも原告らにおいて未払賃金の半額しか請求していなかったことによる。

第2 第2次昭和観光事件

1.経緯

第1次昭和観光事件において、裁判上は完勝したが、被告は1円たりとも支払ってこず、執行も不能であった。長期間戦ってきたが、弁護団は第1次昭和観光判決を得たという名誉はあったものの、依頼者の方々にとっては、完勝したにもかかわらず、1円も回収できていないことにより依頼者の怒りが相当あった。勝って依頼者に感謝されない程辛いものはない。 そこで、旧商法266条の3などを根拠に労基法違反によって、賃金相当損害金を損害として当時の取締役及び監査役を全員被告として第2次昭和観光事件を提起することとなった。理論は事実・必要性から生まれるものであって、理論が先にあるのではないと思う。

2.争点

原告らは労基法違反を遵守して時間外割増賃金を支払わせる職務上の義務があるとし、これに対し、被告らは会社に賃金支払債務を履行させる義務は負わない等として全面的に争ってきた。

3.第2次昭和観光事件の判示

(1)労基法違反が任務懈怠を構成することを明らかにした

第2次昭和観光事件の大阪地裁判決は、「商法266条の3(280条1項)にいう取締役及び監査役の善管注意義務ないし忠実義務は、会社資産の横領、背任、取引行為など財産的範疇に属する任務懈怠だけでなく、会社の使用者としての立場から遵守されるべき労働基準法上の履行に関する任務懈怠も包含する」として、強行法規たる労働基準法違反が任務懈怠を構成することを明言した。

(2)特段の事情(立証責任は役員側にある)

「昭和観光が倒産の危機にあり、割増賃金を支払うことが極めて困難な状況にあったなどの特段の事情がない限り、取締役の上記義務に違反する任務懈怠が認められる」として、特段の事情が被告の抗弁事項であることを示した。そして、被告側でかかる特段事情について何らの立証がないことから、任務懈怠を肯定した。

(3)悪意又は重過失について

被告は、第1次昭和観光事件の争点を蒸し返して①職務手当の規定があること②2度の労基署の調査が入ったが割増賃金について是正勧告がなかったから労基法37条の違反しないと認識していなかったことはやむを得ないなどとして、悪意または重過失がなかったと主張した。 これに対しては判決は、職務手当が自らの規定の趣旨どおりに運用されていなかったこと、職務手当に関する就業規則について周知性がないこと、周知性がないことについて代表取締役は容易に知り得たとした。

(4)違反行為後で未払の状態になってから就任した取締役ないし監査役の責任

被告は、未払の末期になってから就任した者について損害賠償責任が問題にされることはあり得ないと主張した。 これに対し、判決は「割増賃金の未払いの生じた後に、昭和観光の取締役ないし監査役に就任している以上、昭和観光をして原告に対し、上記未払いの割増賃金の支払いをさせる機会はあった」として、悪意又は重過失により、上記義務に違反して、未払割増賃金を支払わせなかった場合には商法266条の3(280条1項)に基づき、原告らに対し損害賠償責任を負うとした。 悪意または重過失の判断については、判決は、原告らが時間外手当の請求の通知が送られてきていたことから、「少なくとも原告らによる時間外手当の請求の当否を検討する義務を負っていた」として、この検討さえしていれば、「職務手当が給与規定の趣旨どおり運用されていなかったこと及び昭和観光の給与規定の趣旨が、・・周知されていなかったことが容易に判明」し、代表取締役以外の取締役や監査役も「原告らに対する割増賃金の未払いがあることを認識することができた」とする。そして、具体的に対応した結果、支払わせなかったことがやむを得ない特段の事情があれば、損害賠償責任を免れる可能性を含みつつも、被告らが何らの主張(立証はおろか主張すらしなかった。)していないので、代表取締役以外の取締役や監査役は、「原告らの時間外手当請求のあったことを知りながら、何らの対応を取らず、これを放置した」と認定し、少なくとも重過失があったとして、割増賃金相当額の損害を肯定した。

4.主張立証の工夫

筋からすれば勝つべき事件とは思いつつ、先例のない分野であるので、裁判官の訴訟指揮を盲信せず、全ての被告の証人申請、求釈明(抗弁事項について)を行い、被告が回答するかどうかを確認し回答しない場合の裁判所の反応を見つつ、できるだけ経過を書面で残し、できる限り調書で確認させた。 弁論の場においても、何度も裁判所の意識を確認し、最後には被告が回答しなかったり証人申請の必要性がないと答えたことに対して、裁判所から被告の立証事項であることを口頭ではあるが、確認できたので、証人申請を却下されても弁護団としては一応安心はできた。

5.結末

第2次昭和観光事件は控訴されずに確定し、遅延損害金も含めて全額回収できた。

6.第2次昭和観光事件の意義

小規模閉鎖会社を被告とする事件においては、勝っても回収できない事件がたびたびあり、賃金すらまともに払っていない、労基法違反が横行する会社なら尚更である。労災損害賠償においても、小規模閉鎖会社の場合には原則として取締役などを被告に加えるべきと考えるが(印紙代は同じ)、本判決は、労基法違反がある場合には任務懈怠であると認め、労働者側の救済の幅が広がったと言えよう。 また、第2次昭和観光事件の判決を突き詰めていけば、時間外割増賃金の実質的な時効は10年になる可能性も含んでいる。なお、不法行為責任構成をとった広島高裁判決(広島高裁判決平成19年9月4日判決・判例時報2004号・151頁)もある。 本件では商法266条の3の責任を認めたが、不法行為責任も同様に認められると考えられる(本件では時効の関係で709条構成は取らなかった。)  (弁護団は下川和男弁護士、髙本知子弁護士、佐藤真奈美弁護士、高本弁護士及び波多野 進。

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