弁護士た担当した事件の紹介

25歳元レストラン支配人脳過労障害(康正産業)事件

平成22年2月16日鹿児島地裁判決(確定)報告(過労障害損害賠償訴訟)

1.はじめに

鹿児島のレストランチェーンのいわゆる名ばかり店長(管理職)が過重業務(超長時間労働などの)によって心疾患(存命・労働能力喪失・24時間介護要)について労災認定後から受任し、給付基礎日額を争いながら(支給額決定に際して残業代を算入していない点について)、民事賠償請求をなした件である。

2.事案の概要と方針

鹿屋労働基準監督署長が調査の結果、警備記録などをもとに下記の労働時間を認定していた。

  • 本件発症前1か月目  173時間42分
  • 本件発症前2か月目  239時間08分
  • 本件発症前3か月目  198時間48分
  • 本件発症前4か月目  220時間04分
  • 本件発症前5か月目  225時間24分
  • 本件発症前6か月目  158時間04分

80時間ないし100時間の時間外労働時間で業務災害と認定される現行基準からすれば、労災認定されることは当然の事案であった。

そこで、弁護団としては、民事訴訟で勝訴するのは当然として、「圧倒的に」金額面でも内容面でも勝訴することを目指した。「裁判の勝利には、事実と論理が不可欠である。しかしそれだけで勝つわけではない。訴える者の熱い心を媒介に、対象を明らかにし、その熱い心の訴えが裁判官の心につきさすのに成功したときのみ、勝利するのである」(ドキュメント「自殺過労死」裁判―24歳夏 アドマンの訣別・故藤本正弁護士著・97頁)と、故藤本正先生が電通事件をたった1人の代理人で全く先例がないなか「電通」を被告とする労働者の自殺(過労自殺という言葉もない時代)についての損害賠償事件について述べた言葉は常に忘れないように、労働時間のみならず、その背景(人員の補充がない、ノルマ、ハラスメントなどなどの質的過重性)も時間に安住することなく、くまなく熱く主張立証することを誓った。

介護費用をできるだけ多く獲得することに留意した。

訴訟のため、後見の申立を行った。

労災関連の損害賠償事件の場合、残業代が未払であっても、時効になっている場合が多いため、裁判で争いになる場合は多くはない。しかし、本件では原告本人は意思能力を失っているため、時効中断されていたこと、客観的証拠(警備記録)と聴取結果から、過重性判断の労働時間と賃金の支払いの対象となる労基法上の労働時間が一致ないし近似しているといえる事案であったことから、残業代についても訴訟物に据えることにした。

また、両親が24時間介護をしている等の事情があることから、両親も固有の慰謝料を請求することにした。

精神科(パニック障害)の通院歴、喫煙歴があるとともに、若年での心疾患の事案であったため、被告からのおきまりの基礎疾病があったという主張などなどが予想されたため、素因減額、過失相殺をできるだけ少なくする闘いを予想しつつ、訴訟に突入した。

電通事件と同じように、本事件においても、被災者の真面目な人柄、足りない人員を補うために身を粉にして働き続け、ノルマが達成できない、スーパーバイザーの巡回での指摘(空調機のフィルター清掃が足りていないなど)に対して全ての業務が終わった午前1時過ぎから「私の体調回復後に行います」と詫びながら苦しみを吐露している姿などなどをどんな些細なことでも裁判所に訴えるようにした。

また、甲南大学名誉教授の熊沢誠先生の著書「若者が働くとき・使い捨てられも燃え尽きもせず」で語っている「予算」「目標」という名の「ノルマ」、強制された「自発性」という構造がそのまま当てはまる職場であること、正社員の欠員が出てもその補充もせず店長にフォローさせ無償労働を強いた方が康正産業の利益が上がる構造になっていること(また、目標という名のノルマが課せられていて、達成できないと叱責までされるため、店長は働いた分の人件費がかかるアルバイトは増やせない)も可能な限り主張立証した。

3.判決内容(意義)

(1)長時間労働の認定と因果関係の肯定

警備記録を基本に概ね原告の主張通りの認定がなされ、直近1か月で176時間15分、2か月から6か月で平均200時間30分の時間外労働を認定した。また、203日連続で出勤している事情なども踏まえて蓄積疲労していたことを認めている。 本判決は、これにとどまらず、ノルマや人手不足、ノルマ達成のため、パートを増やせない事実をきちんと認定している。 結論として、業務量(労働時間)及び業務の質とも過重な業務であることをはっきり認定している。 そのうえで、脳・心臓疾患に関する専門検討会報告書と平成12年3月の旧労働省の作業関連疾患の予防に関する研究などの知見に沿って、業務と発症との間に因果関係を肯定している。

(2)被告の医学的主張をことごとく排斥

被告は若年での心臓疾患には素因があるはずで、発症直後の心電図の記録を基にQT延長症候群であること、既往歴としてパニック障害があり三環系抗うつ薬の服用がQT延長症候群に作用したなどと主張した。 しかし、そもそも発症直後に心電図が乱れるのはあり得ることで、発症前も発症後の心電図も被告が主張するような所見は認められなかった。また、パニック障害に伴う服薬についても常用量より少ない服薬で服薬している間でも心電図に乱れはなかった。 弁護団は万全を期すため、念のため反論として心臓の専門医の意見書とパニック障害の服薬については精神科医の意見書を提出した。 したがって、原判決が被告の主張を排斥したのは当然の結果であった。

(3)注意義務違反(安全配慮義務違反)

被告の労基法違反(本件被災前及び本件被災後の)を拾いながら、「被告は正社員に対しては時間外労働に対する賃金も一切払っていなかった。このことは、労働基準法の労働時間規制に対する被告の意思の低さを示すことはもちろんであるが、被告にとって正社員の時間外労働がなんらのコストも伴わないものであった以上、従業員、特に正社員の労働時間を人件費管理の観点から管理する必要性がなかったということにもつながっている。長時間労働に対する無関心ともいえる被告の姿勢は、正社員に対して一切の残業代を支払わないという労務体制にその根があるといっても過言ではない」(判決68~69頁)と被告の収奪構造を原告の主張立証に沿って断罪している。 裁判所がここまで踏み込んで判断したのは、被告における余りに酷い労働条件・環境と本件被災後にも改善が見られない現状に、文字通り「怒る」とともに、原告の想いに共感してくれたからだと思う。

(4)高額の介護費用の認定

介護内容を踏まえて(原告の母の介護ノートや原告尋問)、職業付添による付添介護費用として1日2万5000円(ただし、原告の母が67歳となる11年間については近親者による付添介護として1万2000円)を認定した。  24時間365日介護しているご両親に日々の介護の記録を作成してもらい、その記録を提出するとともに原告本人尋問で24時間片時も離れることのできない介護の過酷さを少しでも裁判所に伝わるように立証した。

(5)両親の固有の慰謝料の認定

本件発症の経緯、後遺障害の程度、介護の状況などを踏まえてそれぞれ300万円を認定した。

(6)管理監督者性を否定し原告の主張にほぼ沿った形での残業代の認定

 裁判所は、正社員の採用はもちろん、パートでさえ、形式的に採用できる権限があるといいながら、人件費の枠を超えて採用できないなど、労務管理の権限・裁量は形骸化していて、実際はかかる権限はない、店舗運営も細かい目標は全て本社が決めている、備品の補充すら稟議を挙げなければならないことなどから、到底決定権限があるとは言えない、勤務態様も過重労働の事実からも自由に休みを取れる裁量などないなどとして、管理監督者性を完全に否定した。そのうえで裁判所は2年間で合計732万4172円の残業代を認定している。残業代の訴訟でも、原告が長時間労働に従事していた以上当然であるが、相当高額な認定となっている。

4.最終解決(判決後の和解)

判決後控訴期間が経過する前に康正産業が本件事件について陳謝するともに総額2億2907万8800円を支払うとの和解契約が成立した。

5.雑感

ほぼ全面勝利を獲得できたのは、徹底した証拠収集(事実の積み上げ)と関係者の聴取、労災との連動(給付基礎日額の争いの中で、審査官段階で非常にいい逆転決定)、本件被災後の是正勧告(被告の悪性が客観的証拠となった)などが重なったことによる。 弁護団は松丸弁護士、片山弁護士と波多野 進。

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